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トウキョウソナタ

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(2009/04/24)
香川照之、小泉今日子 他

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トウキョウソナタ





















「やり直したい」
何度思ったことか。
それと同時に、
「やり直しても同じか」
とも思う。
私が変わらないかぎり、いつどこに戻ったとしても同じ人生を繰り返すだろう。
でも、やはり考えてしまう。
あの日、あのとき、あの場所で違う選択をしていたら…と。
私の人生はより良くなっていただろうか、もしくは今より悪くなっていただろうか、と。

この作品の家族が崩れていった根本の原因は、それぞれが“本当のこと”を隠したことだと思う。
でも、隠すつもりはなかったのだろう。「言えなかった」だけだ。
そんなことは日常生活の中でいくらでもある。何も、この家族にかぎったことではない。
それに、いくら家族といえども、すべてをさらけることの方が稀だと思うのだ。
私にしてみれば、家族だからこそ言いにくい、言えないことは多い。
では、なぜ言えないのか。
それは、打ち明けることで自分か家族が傷つくことが怖いからだ。自己防衛か思いやりのどちらかだろう。
この家族は、自分を護る方に偏っている気がする。
しかし、それを非難するつもりはない。誰だって傷つくのは怖いから…気持ちが分かるからだ。
それに、本当は後悔しているだろうことも。

いわゆるカオス理論である。
蝶の羽ばたきが遠く離れた場所に竜巻をおこすように、ちょっと“隠しごと”したつもりが、どんどん言えなくなって大きな崩壊へと至ってしまったのだ。
彼らは後悔し、「やり直したい」と願う。
しかし、私が思ったように彼らも、自分自身変わらないかぎり“直せない”だろう。
そう、“直す”のは人生ではない。彼ら自身なのだ。
幸運にも、彼らにはその機会があった。自分を変える“きっかけ”に出会えたのだ。
それを逃さないでほしいと思う。
少しずつでいいから、やり直していってほしい。
その機会はめったに訪れるものではないのだから。
ちゃんと捕まえて、もしまた間違ったらその都度止まって、事態が大きくなる前に自分たちを見つめ直してほしいと思う。
これは、彼らだけに願うことではない。
自分に、私自身に願うことでもあるのだ。

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