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そして友よ、静かに死ね

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(2013/02/08)
ジェラール・ランヴァン、チェッキー・カリョ 他

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そして友よ、静かに死ね













裏切ること。味方に背くこと、約束や期待に反すること。
人は誰しも、傷つき傷つけられて生きていく。
その中で、多少の“裏切り”と呼べる行為は経験していくものだろう。
だけど、私は簡単に“裏切り”という言葉を使いたくない。
約束を破られても、今日友達だった人が明日そうじゃなくなっていても、その言葉は相応ではないと思うのだ。
私にとって“裏切り”とは、とても重い――例えば、その人の人生を根底からひっくり返すくらいの打撃を与えたときのみに用いていいような――痛々しい空気をまとっている行為なのである。

今も昔も、裏切るより裏切られる方がいいという意味合いの歌は、よく歌われてきた。
GReeeeNは“遥か”で「傷ついたって 笑い飛ばして 傷つけるより全然いいね 信じる事は簡単な事 疑うよりも気持ちがいいね」と歌っているし、また、海援隊の“贈る言葉”には「信じられぬと 嘆くよりも 人を信じて 傷つくほうがいい」という歌詞がある。
でも、往々にしてそれは、理想にすぎないのではなかろうか。
いや、もちろん現実にそのような人もいるのだろう。実際にそう感じ、経験してきた人が。
私自身、人を傷つけたときの心の痛みは抗いようもなく辛いので、それよりは自分が傷ついたときの痛みの方が“我慢”出来る分、良いと思うふしがある。
しかし、やはり傷つけるより傷つく方が実感として“痛い”のだ。
その“痛み”に耐えられるか耐えられないか。
それが、私にとっては、傷つくことが自分か相手かによって変わるのである。
だとすると、傷つけるより傷つく方が…なんて思いは、私にとってもやはり理想論なのかもしれない。
「自分が我慢すればいい」という考えなのだから。

どちらにしろ、この作品の中でモモンもセルジュも相当に辛かったに違いないだろう。
35年という年月を考えるとモモンの“痛み”は想像しがたいほどだ。
セルジュに関してはモモンほど直接描かれているわけではないので、その内心は分かりにくいのだが、“裏切っている”ことを考えなかった日はないのではないか。その現実はとても痛々しく、目をそむけたくなっただろう。
セルジュに良心があるなら、絶対にそうだったはずだ。
ずっと親友だったのだ。
いや、ずっと親友なのである、最後まで。

再び歌詞の引用になるが、それでも世界が続くならが“痛みの国のアリス”で「傷つけるだけじゃ 痛みはわからない」と歌っている。
これは、理想論ではないと思う。
セルジュが実際そうだった。彼は“痛み”を知っていた。
だからこその、あのラストだったのだと思うのだ。

あの瞬間、作品全体に漂っていた重々しい空気が晴れた気がした。

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