全部気のせい

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ラスト・ライド~最後の旅立ち~
メディア: 映画
上映時間: 101分
製作国: オーストラリア
公開情報: 劇場未公開・WOWOWにて放映
ジャンル: ドラマ

監督: グレンディン・イヴィン
製作: ニコラス・コール / アントニア・バーナード
原作: デニース・ヤング
脚本: マック・グッジョン
撮影: グリーグ・フレイザー

出演: ヒューゴ・ウィーヴィング / トム・ラッセル / アニータ・ヘフ / ジョン・ブランプトン
ラスト・ライド

















逃避行は、映画などでよく使われるモチーフだ。
その中で、親が子供を連れて逃げるというのも珍しいケースではない。
それでも、この作品は何か自分を惹きつけるものがあった。
観終わって余韻が残った。


親と子供のつながりというのは、信頼や情だけではない何かがあると思う。
子供から見れば、親は頼れる存在でありただついて行くしかない。
この作品のチョークも、最初は父親に連れて行かれたにすぎなかっただろう。自分の意志というよりも。
しかし、彼はだんだんと“意志”を持ち始める。
自分で考え、選択することを知る。
出来ることを覚え、しなきゃいけないことも分かり出すのだ。
父親は、物語の終盤で「もう一人前だ」と言う。
その言葉どおり、チョークは逃避行中に成長していったのだと思う。たとえそれがわずかな変化でも、彼は確かに、最初と最後では違う少年になったのだと思う。
親が子供を連れて行くのは“一人にしておけない”からであり、子供が親について行くのは“一人にされたくない”からだ。
そう考えると、チョークの行動は“一人前”という言葉にふさわしいものだった。
「一人にしないで」と言っていた少年のあどけない面影は残っているのに。
まだ、泳げないままなのに。


そうか、余韻というのはきっとこの面影だったのだろう。

浮かんでいる少年の横顔にこれが見えたのだろう。


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