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カエル少年失踪殺人事件

カエル少年失踪殺人事件 [DVD]カエル少年失踪殺人事件 [DVD]
(2012/08/10)
パク・ヨンウ、リュ・スンリョン 他

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カエル少年失踪殺人事件


















“事件”にとかく人はひかれるものだと思う。
[ひかれる]と書くと誤解を生みそうだけど、世界で起った様々な“事件”について扱った書籍やWebサイトが多く存在することから、関心を抱いている人が多数いることは間違いないだろう。
私も例外ではない。
それが残酷であったり、難解なものであったりすると、より深く知りたいと思うのだ。
きっと、想像の範囲を超えた人間の思考や行動というものに興味を抱くせいだと思う。
“事件”は(すべてではないが)人が起す。
しかし、同じ人間である自分には[なぜ]なのか分からない。だから知りたい。
もちろん、すべての人間が同じことを考え同じ行動を起すわけではないので[分からない]のは当然だけれど、根本的な思考回路は同じはずだ。
そこから分岐して、人によっていろいろな考えを持つようになるのだと思う。
私はその根っこの部分だけでも知りえたら、と思っている。
理解しがたい行動の根幹が知りたいのだ。同じ[人]として。
そして、やはり、“事件”は解決してほしいと願う。解決しないと全貌が明らかにならない。
知るためにもそれは絶対必要なことなのだ。

この作中の人々も、もちろん事件の解決を望んでいる。
しかし、それは[知りたい]からではない。
当たり前だ。彼らはみな直接関わっているのだ。
何らかの形で自分の人生が関係しているのだ。
誤解しないでほしいのだけれど、私が事件解決を望むのは、当然[知りたい]からだけではない。
犯人は捕まって、罰を受けるべきだ。同じ事件が二度と起こらないためにもそうでなくてはいけないと思っている。その願いは彼らとも共通するはずだ。
しかし、私は関わっていないし、遠くから眺めているだけの傍観者にすぎず、当事者の思いの強さとは比較できないだろう。
ある者は、刑事として犯人検挙を望む。
ある者は、自分の出世のために解決を試みる。
ある者は、権威の誇示と虚栄心から事件のシナリオを実証しようとする。
そして親たちは、ただひたすら子供の無事を祈り再会を信じて捜し続ける―――。
この中で、親の思いほど強いものはないはずだ。
数年後にカンが再び事件を追うのは、もちろん断罪の気持ちもあったのだろうが、一番は自身が父親になったことが影響していると思う。
そこには自分の出世欲など一つも絡んでいなかっただろう。子を持つ親としての思いがつき動かしたに違いない。
ジョンホの父親は自分が犯人だと疑われても「そんなことはどうでもいい」と言い、母親は子供を捜してほしいためにウソをついた。
痛々しいほど強い思い。
その思いはいつまでも残るだろう。
事件が風化していっても、彼らの心にはずっと存在し続けるだろう。
だから、こんな終わり方はいやだった。
こんな[結果]は誰も望んでいないのに。
その作品を観終わって、思うのはただそのことだけだ。
“事件”はこのような形で幕を閉じてはならない―――、と。


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